1865年(慶応元年)・土佐
牢番 武市殿、出るがじゃ
武市 ふたたひと 返らぬ歳を はかなくも 今は惜しまぬ 身となりにけり
富子 おまさん!……頼むき!
門番 ならん!
富子 おまさん!
武市 (すまぬ……富子)
富子 おまさーん!

【現代・田舎道
武市 (わしは切腹したはず……ここは? 鬼!ならばここは地獄!)うわっ!(……なんじゃこれは!けたたましい鳴き声とともに襲いかかってきおった。地獄に棲む化け物?いや……あの光沢は漆?はは……巨大な漆箱か。なぜ動く?人力?それとも蒸気機関で……?! 開いた!)
寅之助 危ねえだろおっさん!
サチコ えっ!?何あの頭、ヤバくない!?
寅之助 レイヤーだよレイヤー
武市 (山賊? いや、異人か)
サチコ 来た!
寅之助 なんだよ。やんのかよコラ!
武市 おまんら、日本人か?
寅之助 え?
武市 日本人なのか
サチコ ちょりっす!
武市 ここは日本なのか?
寅之助 何言ってんだよ
武市 日本なのかと聞いておる!
寅之助 そ、そうに決まってんだろ!
サチコ 怖っ!
武市 わしは、生きておるのか
寅之助 いやぶつかってねえし
サチコ あ。当たり屋じゃね?
武市 (そうか!あの切腹が夢。獄中で寝てる間に、どこかに潜伏していた同志が手引してくれたのか!)
寅之助 あ?
武市 ふふふ。くっくっく……
サチコ こいつ、マジやべえって
寅之助 行くぞ!
武市 (ふ。あの妙な荷車は異国からの伝来品か。神聖な日ノ本に野蛮なものを持ち込みおって。さしずめここは長崎辺りか?まあよい。必ず帰るぞ、土佐へ)

民家・庭
晴香 とーとーとー……
小見山 佐伯くん。そーっと、そーっと
晴香 はい、そのまま、そのまま……うわっ
小見山 佐伯くん、やさしく、やさしく。もっとソフトにソフトに
下平 はいどうぞ
小見山 あ、いただきます
下平 助かったわ、もう足腰弱ってなかなか捕まえられなくて
小見山 いやいや、これくらい当然ですよ。みなさんが納めていただいた税金が、わたしたちのお給料になってるんですから
下平 そういえば聞いたわよ小見山さん
小見山 うん?
下平 次の選挙出るんでしょ
小見山 いやあ、はははは。僕自身はそんなこと一言も言ったことないんだけどね
下平 私必ず投票しますから
小見山 もう下平のおばあちゃーん。またお困りのことがあったら。……下平のばあさん、いただき、と
晴香 あの、課長、これくらいの仕事でしたら私一人でも大丈夫ですよ
小見山 佐伯くん、村の人たちとお話するのも大事な仕事だよ。独居老人も多いし、こうやって人々の様子をうかがうことで孤独死が防げるんじゃない
晴香 そうですね……
小見山 あらあらあら……何か勘違いしてない? 人気取りのために親切にしてる訳じゃないからね
晴香 もちろんわかってます
小見山 はいもしもし、なんでもやる課の小見山喜一です。杉崎店長どうしました?……サムライ?

スーパーやまとや
やまとや店員 いらっしゃいませ
晴香 何かの撮影とかじゃないですか
やまとや店長・杉崎 ええ、私もそう思ったんですけど、もうずっと店内をうろうろしてるんですよ
小見山 駐在さんは
店長 連絡しました
武市 (しかし、なんという巨大な市じゃ。見たこともない海産物や果実が並んでおる。ご内儀たちの奇抜な格好といい、どうやらこの土地はひどく異国の文化に毒されておるようじゃな。嘆かわしいこと……)
店員 どうぞご試食いかがですか
武市 (なんじゃあれは。熱した鉄板の上でそばを焼いておるのか。そばはみずみずしさがいのちであるというのに、熱して水分を飛ばしてしまうとは、笑止千万。それにしても、なんとも薄汚いそばじゃ。おそらく鉄板の汚れがそのままそばについてしまったのであろう。ふんっ、泥そばをうれしそうに食いおって。日本人の繊細な味覚も失ったか。ん? しかしこの匂いは不思議と食欲をそそる)
店員 あの、よろしかったら
武市 (しかたない、逃亡のためにはこんなものでも腹に入れねば) うはあ!
小見山 どうした
晴香 焼きそばに感激してるみたいです
武市 (泥くささなどみじんもない、これは汚れではなくタレか。しょうゆとも違う絶妙な辛さ、それが水気のないそばとからみあっている。止まらぬ、箸が止まらぬ! いかん! 異国の文化に毒されたこんな土地の料理を認めては。そうじゃ、こんなものは土佐のカツオに比べれば月とすっぽん)まずくて食えたものではないな、この泥そばは
店員 ああ、すいません、あの、紅しょうが
武市 (これは、なんとも鮮やかな色じゃ。何かの果実か? ……なんじゃこれは! 喉が、焼けるようじゃ!) 
小見山 次はなんなんだ
晴香 なんか苦しんでますね
やまとや店長・杉崎 ちょっとお客様、困ります
武市 すまぬ
店長 お客さーん
小見山 佐伯くん、あっちを頼む
晴香 え、私
小見山 皆さん、皆さん、落ち着いてください

神里村一角
武市 (またわけのわからんものがそこかしこに並んでおる)
晴香 中嶋さん、こっちこっち。あそこあそこ
武市 (この地は一体どうなっておる。日本は異国の文化にこれほどまでも侵略されてきておるのか)
巡査・中嶋 あの、ちょっと駐在所のほうで……
武市 (こやつは…… あの形は短筒、横目か。どうする、ここで捕まれば土佐に送還されてまた獄中送り)
巡査 あの、聞いてます?
店長 あ、うわーっ
巡査 杉崎さん大丈夫ですか
晴香 店長、大丈夫ですか!? 変な走り方なのに…… 速い

佐伯家門前
武市 (獄に長くいすぎた…… 体が、もたぬ)
優菜 誰か倒れてる
健斗 え、うそ、ちょんまげ
優菜 サムライだ
樹 この月代、本当に剃ってある
健斗 さかやき?
陸 っていうか、この人大丈夫か
健斗 先生呼んでくる
優菜 サムライさん、大丈夫?
武市 うう、どけ(もはや、これまでか……)
優菜 しっかりして、サムライさん、大丈夫
健斗 先生こっち
佐伯翁 あら大変だ。もしもし、大丈夫ですか、もしもし、どうなさいました

佐伯家・庭
村内放送 こちらは神里村役場です。本日午前11時頃、スーパーやまとやでサムライ姿の不審者が目撃されました……
子供たち 先生さようなら
佐伯翁 はいはい、気をつけてね、さようなら
村内放送 村役場までご連絡ください
健斗 先生、あのサムライ大丈夫かなあ
佐伯翁 ははは、大丈夫大丈夫。君たちはなんにも気にしなくていいから
優菜 じゃあ佐伯先生、サムライさんのことは任せたからね
佐伯翁 はいわかりました、君たちは気をつけて帰ってね
子供たち 先生さようなら
佐伯翁 はい、さようなら、さようなら
陸 あのサムライ大丈夫かなあ

佐伯家
晴香 ただいまー。ねえおじいちゃん知ってる? 今日さ、変質者が出て、今までずっと捜しまわっててもうくったくた。洗濯物、洗濯物…… ぎゃー!
武市 娘、どうした
晴香 変態! 来ないで!
寅之助 なんだようるせえな、うわっ! こいつマジでやべえやつじゃん
武市 おまんは、山賊の仲間
晴香 なんでこいつがうちにいるのよ!
寅之助 知らねえよ!
佐伯翁 この方ね、うちの前で倒れてらしたんだよ
寅之助 じじい……
晴香 ありえないって! こいつのこと捜して今大騒ぎしてんのよ!
佐伯翁 ああ、でもすごく弱ってらしたからねえ。放っちゃおけんでしょう。大丈夫ですか
寅之助 おい危ねえって、こっちいろ
佐伯翁 はいはい、はいはい
晴香 こいつ変態だって! ほら私のブラ
寅之助 おい変態サムライ、警察行こうか
武市 ぶら? これはぶらと申すのか
寅之助 どんなごまかしだよ
武市 これはなんじゃ? ほのかによい香りがするが
晴香 変態! 電話する
佐伯翁 ちょっと待ちな、ちょっと待ちな。なんかわけがあるかもしれないでしょ
寅之助 どんなわけだよ
佐伯翁 とにかく落ち着きなさい。今お食事お持ちしますからね、ちょっと待っててね

佐伯家
佐伯翁 お口に合うかどうかわかりませんが、どうぞ、お召し上がりください。ははは、どうかご遠慮なくどうぞ
武市 かたじけない。見ず知らずの私にご親切に。このご恩は必ず
佐伯翁 いやいや、そんな大したことではございませんよ
寅之助 泣いてるぞ、あいつ
晴香 芝居でしょ
佐伯翁 そうだ、申しおくれました。私、佐伯真人と申します。こちらは、孫の晴香と寅之助です。あのよろしかったら、お名前をうかがってもいいですか
武市 (どうする、正直に名乗れば罪人であることを知られてしまうやもしれぬ。だが恩義を受けた身、嘘はつけぬ)拙者、山内土佐守家中、留守居組、武市半平太と申す
佐伯翁 そうだったんですか
武市 実のところ、とある事情で山内家より長らく揚屋入りを命じられておりました。しかし、このたび外に潜伏していた同志によって脱獄の手引きがされたようです
晴香 脱獄?
武市 不本意ではありますが、私には、もう腹を切る覚悟ができておりまする
寅之助 腹切り?
武市 しかし、私の命により動いていた者らの命は何としても乞わねばなりません。どうか、万全の態勢を整え、同志らと落ち合う時期が来るまで、こちらで匿ってはいただけませぬか
佐伯翁 そんな事情があったんですねえ
晴香 ちょっとおじいちゃん、この人の言うこと信じるの?
寅之助 ってかこれ何? あっ、役に入り込んじゃって戻れなくなったとか、そういう系?
晴香 病気でしょ。それか、あ、詐欺師とか
寅之助 そっか! おい変態サムライ! この家にはなあ、盗み取る金なんてねえぞ!
佐伯翁 寅之助
寅之助 黙ってろ! おめえみてえのがなあ、オレオレ詐欺とかに引っかかんだよ!
晴香 そうよ、おじいちゃん人がよすぎるって
寅之助 じじいはすっこんでろ!
武市 おまんら! たいがいにしちょきや。その目上の者に対する口のききかたはなんぜよ! 佐伯殿に対して、その態度、無礼じゃろう
佐伯翁 武市さん、ありがとうございます、もう十分です
武市 しかし佐伯殿
佐伯翁 あ、そうだ、武市さんちょっと。これ見ていただけませんか。ちょっとお待ちくださいね、ええ、これですよ、はい
武市 何と細かく美しい文字
佐伯翁 武市さんはいつの時代のお生まれなんですか
武市 文政です
佐伯翁 文政ですか。文政、天保、弘化、嘉永、安政、万延、文久、元治、慶応、明治……
武市 待たれよ、今は慶応です。まだ年号は変わっては……
佐伯翁 まだまだ続くんですよ。明治、大正、昭和、そして今は平成です
武市 平成
佐伯翁 はい、つまり現在は、あなたが元いらした時代から150年ほどたった日本なんです
武市 ふっ…… 佐伯殿、私をからかっておいでですか
佐伯翁 ああ、私もあなたの立場だったら到底信じられないでしょうねえ。はい
テレビ それをつけてみんなで食べたっていう……
武市 これは
テレビ こちらがそのごんもり。うどんをつけ汁につけて食べる、権兵衛のオリジナルメニューです
佐伯翁 無理やり信じろとは申しません。ただ、あなたの時代にはなかったこんな文明の利器が、当たり前にあるのも事実なんです

スナックカーニバル
理央 タケチハンペータ?
晴香 しーっ
理央 大丈夫だよ聞こえてないから
晴香 っていうか何で布施明
理央 私が好きっていったの覚えてくれたみたい。で、タケチハンペータって誰
晴香 理央、幕末とかわかる?
理央 バンド?
晴香 そっからかー。江戸時代って、日本が外国とやりとりするのを禁止する鎖国って政策をとってたの
理央 ちょちょちょっと待って。晴ちゃんさ、頭いいから、私にもわかりやすーく説明して
晴香 まあ簡単に言えば、外国から日本を乗っ取られるのを防ぐためみたいな
理央 へー
晴香 だけどある日、黒船っていうでっかい戦艦が日本に来て、アメリカの偉い人がいい加減日本に自由に出入りさせろゴラァって脅してきたわけ
理央 はあ? それアメリカがシマ荒らしに来たってこと?
晴香 まあそんな感じ
理央 はっ、ゆるせねえ
晴香 で、江戸時代っていうのは徳川幕府って組織が仕切ってたんだけど
理央 ああ、徳川、聞いたことある
晴香 そいつらがね超ヘタレで、いうこと聞きますから攻撃しないでくださいって、ほいほいアメリカの言いなりになったわけ
理央 弱っ
晴香 そしたら当然下のサムライたちは怒るでしょ。自分らだけでもシマを守らないと、ってなるでしょ
理央 なるなる、わかるわ
晴香 で、サムライたちは、力ずくで外国人を追い出せってなったの。これがいわゆるじょうい、って
理央 ジョージ?
晴香 攘夷!
理央 あはは、こっちか
晴香 それと同時に、ヘタレの幕府に国を任せておけないからってこいつらをつぶして、新しいリーダーとして天皇に仕切ってもらおうって考えが出てきたの。これが勤王って考え方なわけ
理央 これもまた難しい漢字だね
晴香 で、ここでやっと本題。武市半平太って人は、今の高知県で土佐勤王党ってグループを作って、この攘夷と勤王の運動を仕切っていたリーダー格の人だったの
理央 ああ、族のアタマか。で、高知ってどこ?
晴香 四国の左下
理央 四国って……
晴香 それはあとで自分で調べて。で、こいつがまた目的のためなら手段を選らばないやつでね。邪魔者を後輩使って殺させたりとか、結構無茶なことして出世したらしいのよ
理央 すっげえワルじゃん
晴香 で、最後にはやらかしてきたことが上司にばれて、腹を切らされておしまい
理央 相当気合入ってんね、ペータ先輩
晴香 ペータ先輩って
理央 ねえ、今度お店連れてきてよ
晴香 いや、でも、あの人は偽者だから
テレビ ……茂木敦さん43歳が何者かに刃物で刺され……
小見山 また路上でグサッってやつ? 最近多いね、こういう物騒なニュースが
鳥谷 どうせまたキレやすい若者がやっちゃったんでしょ
小見山 教育の問題なんだよね。こういうことは行政がしっかりしないと
諸橋 さすがは小見山課長
鳥谷 選挙となればバックアップはおまかせください
小見山 ありがとう、ありがとう
諸橋 なんでもやります
小見山 理央ちゃん、『夢想花』
理央 うれしい! 円広志も覚えてくれたの。もうすごいうれしい
晴香 ……

東京都内カフェA
楢崎 ああーっ、またやりよったがか!……あ……、すみません。すみません……

佐伯家
晴香 おはよう
佐伯翁 はい、おはよう
晴香 何これ、朝はパンにしてって言ってるじゃん
佐伯翁 ああ、武市さんのためにね
晴香 どこまでお人よしなのよ。ねえ、今日はもう駐在さんに連絡するからね
寅之助 いやマジでヅラじゃねえんだって
サチコ えっ、あり得ないっしょ
佐伯翁 はい、おかえり
晴香 寅、あんたまた朝帰り?
寅之助 パーリー、パーリー。いやマジで前橋あちぃわ
晴香 サッちゃんも?
サチコ チョリーッス
寅之助 ちょんまげ触りたいっつうから。こっちこっち
佐伯翁 ダメだよ寅之助
寅之助 あれ
晴香 読めない
佐伯翁 うん……『御世話に成申候。慶應の世に戻り致したく候 武市半平太』
寅之助 あいつマジでタイムスリップしてきたと思い込んでんのかよ
晴香 これも演出じゃない?
寅之助 まっ、出てってくれてよかったか
晴香 うん
サチコ えー、マゲマゲ触りたかったのに
佐伯翁 捜してくる
晴香 えっ?
佐伯翁 まだ遠くへは行けないはずだ
晴香 ちょっ、おじいちゃん、もう……

看板のある道
晴香 もう放っておきなよ
佐伯翁 ああ……、大丈夫かなあ、相当思いつめていたようだしねえ
晴香 あれ?……え、嘘でしょ!?
佐伯翁 武市さん、武……
晴香 何やってるんですかこんなとこで?
武市 わしは昨日、ここで目覚めたんじゃ。同じように寝ておれば帰れるのではないかと考えたんじゃが……
佐伯翁 武市さん、とにかく家へ戻りましょう、ね、ね、さあ……
武市 わしは何故ここへ来たんじゃろう
晴香 こっちが聞きたいですよ、そんなこと
武市 こんな日本など見たくなかった
晴香 え?
武市 異国の文化に毒され、馬鹿騒ぎしているだけのこんな世の中など知りたくなかった。わしらが命を懸けて戦った先に、こんな腐った日本があるとは許せんぜよ!
晴香 もういい加減にして下さい!こっちはね、あと30分で出勤しなくちゃいけないんです。腐った世の中で働かなきゃいけないんですよ!
武市 ふん、えらいはちきんじゃな。わしはおまんの身の上話を聞いとる場合ではないのじゃ
晴香 はあ?こっちこそね、あなたの馬鹿話に付き合ってるほど暇じゃないんです
武市 わしは戻りたいんじゃ。どうすればよいか教えてくれぬか
晴香 知りませんよそんなこと
武市 何か、そのような道具があるのではないのか
晴香 タイムマシンなんてドラえもんぐらいしか持ってないっつーの
武市 どらえもん。その者はどこにおる
晴香 ああ、いいいい……今の話は忘れて。ないです。この世にはそんな道具ありません
武市 そうか。もしやと思っておったのじゃが
晴香 んーよく分からないけど、こっちに来たんならこっちの時代の人間としてやっていけばいいんじゃないですか?
武市 断る
晴香 なんで
武市 攘夷を掲げ血判を押した身。異国の文化に毒されたこの時代に迎合することなど到底出来ぬ
晴香 チッ……面倒くさ
佐伯翁 いいんじゃ、ないですか。武市さんは武市さんらしく武士として今を生きておいでになれば。まあ確かに、大半の人たちにとってあなたが慶応という遠い時代からいらしたことを理解できる人はあまり多くないかもしれません。それどころか、とんでもないサムライかぶれのおかしな人だと笑う人たちもいるかもしれません。でも、今、あなたの立っているここが、この平成という場所が、あなた方が命がけで守ってくださった未来なんですよ。こちらへ来られたのが定めだとすれば、やがて戻っていく定めもあるかもしれませんよ
武市 佐伯殿は、私のことを……
佐伯翁 信じてますよ。幕末の、本物の武市半平太殿だと。出来ることからはじめましょう。ね
晴香 いいから乗って
武市 いや、すまぬが、異国の荷車に乗るわけには
晴香 これ、国産だから
武市 ほおー、日ノ本にもこのようなものを作る技が
晴香 いいから早く
武市 おお……
晴香 なんで正座?ほんと面倒くさっ! 
武市 何を致す!
晴香 しないとダメなの!

スーパーやまとや
武市 誠に不調法いたしました
やまとや店長 確かにカップ麺のお代は頂戴しました
巡査・中嶋 いや、しかしまさか佐伯先生のお知り合いだったとは
佐伯翁 実は私の遠縁の者でございまして。お騒がせして本当に申し訳ございませんでした
武市 佐伯殿
巡査 これで一件落着ですね
店長 でも武市さんはなんでそんな格好を
佐伯翁 いえ、あの
武市 実は私は、150年前の日本から来たのです
店長/巡査 ははははは!
巡査 面白いこと言いますね、武市さん、はははは……

路上
武市 (何と度量のあるお人だろうか。もしも何者かが慶応の世に紛れ込んできたとしたら、わしは同じように庇護できるであろうか……)
寅之助(妄想) 富ちゃーん、ちょっとここどこなわけ?
武市(妄想)  無礼者!
武市 (……無理じゃ)

コンビニ前
武市 (はあ、まったくあれが日本を担う若者の姿とは……情けない)
寅之助 おい! ちょっと待て。ぶつかっておいて詫びもなしか! てめえ俺が誰だかわかってんのか、北吾妻とった寅だぞ! あん? あん? あん?
武市 寅之助、もうその辺にしておけ
寅之助 なんだお前まだいたのかよ
武市 おんしももうよかろう。それとも、このわしがお相手いたそうか
寅之助 おい! 今度会ったらすっころすからな!
武市 (あの男、殺気を放っておった。何者?)
佐伯翁 武市さーん、どうなさったんですか
武市 いえ
佐伯翁 見つけたんですよ、あなたにぜひお願いしたいことを

【佐伯家・塾】
佐伯翁 今日からみんなのことを面倒みてくれる、武市先生です
子供たち うわー、めっちゃリアル
健斗 マジだ、やっぱマジでサムライだったんだ
陸 すげえ
武市 おまんらは確か
優菜 覚えてる?
陸 俺たちが最初に見つけたんだぜ
武市 その節は世話になった
佐伯翁 じゃあ今日は自習にするからね、武市先生の言うことをちゃんとよく聞くようにね
子供たち はーい! 先生、先生、遊ぼう、先生、遊ぼう
武市 ちょっ、ちょっ、離れろ、寄るな!
子供たち 先生、遊ぼう
武市 ちょっと、佐伯殿、佐伯殿、待たれよ。私にこの塾の先生など務まりませぬ
佐伯翁 そんな難しく考えることありませんよ、塾といっても勉強を教えるばっかりじゃないんですから
武市 しかし
佐伯翁 大丈夫です、昔も今も子供たちは変わりません。それじゃあ

【佐伯家・塾】
健斗 あれだろ、コンビニの裏の森の
陸 いいから行こうぜ、秘密基地だって
健斗 やだよあの辺怖えし
武市 小さな絵箱か
健斗 絵箱?
武市 学び舎にそのようなものを持ち込みおって
陸 いいじゃんちょっとくらい
武市 ならぬ。ほかの者たちの迷惑であろう
陸 自習なんだから俺たちの勝手だろ
武市 どうしても言うことがきけんというなら、今すぐここから出ていくがよい
陸 ちっ、いこうぜ健斗
健斗 うん、ああ
優菜 大丈夫だよ、あいつらは放っておいて
樹 先生はなぜそんな格好をしているんですか
武市 実はわしは150年ほど前の日本から来たんじゃ
樹 幕末からですか?
武市 信じてくれるのか
樹 タイムリープを否定するつもりはありません
武市 おまん、変わっておるな
樹 先生ほどではないと思いますけど
優菜 そんなことよりさ、先生何か教えてよ。お願い
子供たち 先生教えて、習字とかそろばんとかできるの

健斗 大丈夫か?
陸 平気、平気

【集会所】
理央 殺人犯?
巡査・中嶋 ええ、東京でおきた殺人事件の犯人らしき男が近くの駅で目撃されたと連絡がありました
小見山 まあうちは大丈夫でしょう
早苗 聞きましたよ、落ち武者みたいな人がいたって
碧 そうそう
小見山 そういえばあの男怪しいなあ
やまとや店長 ああ、あの人なら佐伯先生のお宅にいるんですよね
一同 えっ
小見山 なんですと
佐伯翁 まあ確かに私のうちでねお世話させていただいておりますよ
晴香 いやでももうすぐ追い出しますから
碧 今その人は何をしているんですか
佐伯翁 塾でね、子供たちを見ていただいておりますよ。武市先生、決して悪い人じゃないんで、そんなあわてるようなことじゃ……
小見山 子供たちが危ない。みなさんこの小見山喜一が子供たちを助けにいって参ります
鳥谷 私たちも行きましょう
小見山 ちょっと失礼、ちょっと失礼

【森の中】
健斗 つぼっちさあ、本当に場所わかってんの?
陸 わかってるよ
健斗 さっきから迷ってない? あ、あれのこと?
陸 そうそう、よかった
健斗 やっぱ迷ってたんじゃん

【佐伯家・庭】
子供たち がんばれ、がんばれ
武市 もっと、もっと、もっと。ほらもっと腰に力入れんか
子供たち がんばれ
小見山 みんな、子供たち、こっから離れて
母親A こっちいらっしゃい
母親B ケガはしてない? 大丈夫?
優菜 ママどうしたの
小見山 何をしているんだ君は
武市 相撲の稽古じゃが
晴香 子供たちが泥だらけじゃないですか
武市 相撲をとっておるのじゃ。泥がつくのは当然であろう
美保 あれ、健斗は
早苗 陸もいない
佐伯翁 武市さん、二人は

【廃屋】
健斗 暗! 秘密基地っていうか、お化け屋敷?
陸 何ビビってんだよ、宴会しようぜ宴会。うわっ、うわっ
健斗 うわっ、すいません、人がいるなんて知らなかったんです。すぐ出て行きます
橋本 いいって気にしないで、遊んでいきなよ
健斗 でも
橋本 お菓子とかジュースもあるよ。君たちスマホ持ってる? スマホ。ゲームしようよ。お兄ちゃんもちょうど暇だったし。そっか、ここ君たちの秘密基地だったんだ。ごめんね、勝手に入っちゃって
健斗 いえ、そんな
橋本 ところで君たちさ、ここに来ることって誰かに言った?
陸 ううん、内緒だよな
健斗 うん
橋本 ……そう

【佐伯家】
佐伯翁 ありがとうございました。はい、はい、やっぱり学校の方にも来てないようですね
美保 そうですか
早苗 本当どこを遊び歩いているんだか
小見山 とにかく捜しましょう。子供は村の宝だ
美保 ありがとうございます
早苗 それにひきかえ
佐伯翁 あ、それじゃあ
武市 佐伯殿
佐伯翁 武市さんはぜんぜん気にしなくていいんですよ、すべて私の責任ですからね。それから晴香、留守頼むね。何か連絡があるかもしれんから
晴香 うん、わかった
佐伯翁 頼む、じゃあ、じゃあ
晴香 なんなんですか、あなたは。もう早く出て行ってください
武市 (待てよ、たしかあの時……)
健斗(回想) あれだろ、コンビニの裏の森の
陸(回想) いいから行こうぜ
武市 晴香殿! こんびにとは何じゃ
晴香 え、晴香殿?
武市 こんびにとは何じゃと聞いておる
晴香 色んな物が売ってる便利な店ですけど
武市 それはどこにある
晴香 この辺だと歩いて20分ぐらいのところに
武市 その裏の森に、子供らの隠れ家になるような場所はないか
晴香 どうだろう、寅も小さい頃よくその辺で遊んでたような……

【寅之助の部屋】
寅之助 ちょっ、ノックぐらいしろよ
武市 こんびにの裏の森に子供らの隠れ家となるような場所を知らぬか
寅之助 何だよ急に
武市 子供らがいるかもしれぬのだ
寅之助 え?
晴香 塾の子供たちが帰ってこないんだって
寅之助 どうせゲーセンかどっかだろ、ほっときゃ帰ってくるよ。……何だよ
武市 隠れ家の場所を教えてくれぬか、頼む
寅之助 うっぜえな、お前にガキを捜す義理なんてねえだろ。ってか部外者なんだからとっとと出ていけよ
武市 確かに子供らに義理はない。しかし佐伯殿には恩義がある
晴香 恩義?
寅之助 ただ一晩泊めただけじゃねえか
武市 薄情なおまんらにはわからんかもしれんな。たとえ一宿一飯なれど、赤の他人に対する無償の施し、それがどれほど尊いものか。武士たるもの、受けた恩義は命にかえても返さねばならん。頼む
晴香 え?
寅之助 どうした
晴香 村の防災速報。駅前で例の犯人らしい人物の目撃情報があったって
寅之助 なんだよ、犯人って
晴香 東京でおきた殺人事件の
武市 森を捜す
晴香 え、あ、ちょっと! 寅、あんたも!
寅之助 あーっ!

【廃屋】
橋本 あーちくしょう! わざわざこんなど田舎まで逃げてきたのによ。なんだよ、ガキは砂場で遊んでろ!
健斗/陸 ……!

【森への道】
晴香 乗って、寅が案内するって
武市 かたじけない

【都内・カフェB】
女子高生A ねえねえねえ見てこれ。スーパーに落ち武者出没だって
女子高生B やばっ、これ本物? これ絶対嘘でしょ
女子高生A 嘘だよね、どう考えてもおかしいじゃん
女子高生B 嘘だよね
楢崎 ねえねえねえねえ、ごめんごめん。ちょっ……とそれ見してもらっていい?ごめん。ごめんね
女子高生A なにあんた

【森への道】
寅之助 おい
晴香 あっ、ちょっ、ねえ懐中電灯

【廃屋】
橋本 あー、くっそ! もういっか面倒くせえし。……泣くことねえって。どうせこんな腐った世の中、生きてたってしょうがねえんだから、あん?
健斗/陸 ……!

【都内・カフェB】
楢崎 まさか……

【廃屋】
橋本 ラッキーだよお前ら、楽しいうちに終わって。ふふふ……